
昭和27年4月28日、サンフランスシスコ講和条約により、連合軍の占領下にあった日本は独立し、そして日本で始めてビル管理業を専門に行うビルメンテナンス会社「日本不動産管理株式会社」が、東京丸の内で産声をあげました。
当時のビルメンテナンスは自社ビルに対してのみ行われるもので、今のような商取引の対象とはなっていませんでした。
始めての仕事はアメリカ大使館とその宿舎で、設備管理、警備防災、清掃という総合管理という形で受注し、総勢100人以上の人達が大使館でのビル管理に携わっていました。
それからおよそ半世紀が過ぎ、今では同業の会社が東京だけでも1000社近く、全国では協会員だけでも3000社ほどの業界に発展し、ビルには無くてはならない存在となりました。
ビル設備の維持管理・運転には専門性が要求される為、昭和45年4月に「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」(ビル管理法)が制定され、この法律に基づく有資格者が、翌年実施された「建築物環境衛生管理技術者試験」(ビル管理技術者)によって誕生しました。